
天竜川、橋の欄干にあるブロンズ像は「鹿頭踊」という神事の衣装です。その年の7月中頃に木ノ下南宮(春宮)から川を渡り、三日町南宮(秋宮)へご神体を遷座するのですが、被り物をした子供たちが神社で建御名方命へ踊りを奉納します。
これは諏訪大社の鹿頭奉納がその縁起であり、影響を強く継承していますね。祭神も同じ建御名方命です。
地形は河岸段丘が発達しており、武蔵野のハケ(いわゆる国分寺崖線)に見られるような勾配があり、登ると狭いですが台地があります。現在では住宅、畑、果樹園があります。
水はけが良い扇状地のような特性もあるため、見たところ水田は山の際くらいにしか無いよう見受けられます。
やはり実際に登ると果樹や桑の木が多いようですね、干し柿がたくさん吊るしてありました。
猫さんもいい天気でお散歩。



散歩途中には、もう文字も読めない碑や、文字が何もなく何を祀ろっているのか?見ただけではわからない社もありました。
どのような土地でも、そのような石碑、道祖神、社は旧道ほどたくさんあるように感じます。
看板の写真にある「でんでん山」も、鹿頭神事に関連する場所とのことです。が、私は詳細は知りません。でもかわいらしい名前ですね。



そう、南宮神社の秋宮に遷座した建御名方命の御神体は、その年の12月27日の深夜にその神職がこっそりと、春宮へ運ぶといいます。
昔は「夜は外に出るな」という取り決めがあったそうですが、現在は生活事情の変化で、目撃しても「見て見ぬ振りをする」そうです。
時代もあり、完全に秘匿して運搬することは難しく、神秘性は薄れていきますし、若年層の地域行事への無関心化が重なり、近い内に儀式そのものがなくなるかもしれません。
しかしそれらの痕跡は郷土史研究者の功績により、記録がなされているので幸いにも歴史として残るでしょう。
そんな6kmの散歩でした。